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札幌地方裁判所 昭和34年(行)7号 判決 1960年8月17日

原告 是安喜代美

被告 北海道知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者双方の求めた裁判

原告―被告が昭和二三年三月二日別紙目録記載の土地に対してなした農地買収処分は無効であることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決

被告―主文同旨の判決

二、原告の主張

(一)  原告は北海道旧土人(アイヌ人)であり別紙目録記載の土地(以下単に本件土地という)は明治三九年一月一〇日原告の先代訴外亡是安勝美が北海道旧土人保護法(以下単に保護法という)第一条により無償付与を受けてその所有権を取得し、大正五年一二月二日右訴外人の死去により原告が相続してその所有権を承継したものである。被告は右土地につき昭和二三年三月二日自作農創設特別措置法(改正前の昭和二二年法律第二四一号)(以下単に自創法という)第三条により買収処分をなしたものである。

(二)  しかしながら右買収処分は以下の理由により無効である。本件土地は保護法に基いて無償付与された土地であり同法の適用を受けている土地である。旧土人は元来未開人種で原始的な漁猟の方法によつて生活を維持してきたものであるから国家においても土地を付与し農耕に習熟せしめてその生活の向上を指導しようとしても旧来の生活習慣が束縛的で、技術の熟練を必要とする農耕生活に容易に染まず、悪辣な和人に飲酒の悪習を利用されて容易に酒のために土地を手放す傾向があつたので、同法は旧土人に付与した土地を任意に処分することを許さず、譲渡又は物権設定について北海道知事の許可を要するものとしている。このように保護法は給与地の所有権を恒久的に保持せしめる趣旨のもとに私法作用に制限を加えているとともに土地の処分に対し国が関与する根拠を与えているものと解すべきである。したがつて同法の目的の維持に当る国も給与地の所有権の尊厳性を侵さないことが前提であり、その所有権を移転する措置をとり得ないものである。そのため司法省においても現に同法の趣旨に照し、右給与地に対しては所得税その他町村税等差押登記もなし得ないものとして取扱つている。(札幌地方裁判所長発民刑局長宛明治四二年七月二日付札幌地方裁判所中第六八五号、司法省民刑局長発札幌地方裁判所長宛明治四三年七月一八日付、司法省民刑第六七一号、札幌地方裁判所長発、司法省民事局長宛昭和一二年七月六日付甲第五九七号、司法省民事局長発札幌地方裁判所長宛昭和一二年七月二四日付司法省民事局民事甲第九三一号の各通達)このように国は給与地に対してその所有権の尊厳性を侵さない義務を保護法に基いて負つているものであるから結局国自体が給与地の所有権を取得することは禁じられているものである。そして本件買収処分をなした根拠法規である自創法はその成立時期は保護法より後であるけれどもその法目的を異にして前法後法の関係にはなくその適用範囲が国内一般の農地、農地所有者、耕作者に及ぶものであるのに対して保護法は右対象のうち、特に旧土人の給与地、その所有者及び耕作者のみに限定して効力を及ぼすものであるから、保護法は自創法に対して特別法の関係にありその規定は自創法の規定に優先する。したがつて特別法たる保護法の適用を受ける本件土地には自創法の規定にかゝわらず先づ保護法が適用され国もその所有権の尊厳性を侵し得ないから、同法の趣旨に違反した本件買収処分は違法であり且つ無効である。

(三)  以上の如く本件土地について被告のなした買収処分は無効であるからその確認を求める。

三、被告の答弁

(一)  原告主張の(一)の事実は認める。

(二)  原告主張の(二)に対し、

(イ)  原告は保護法は自創法に優先するが故に保護法の適用を受ける土地は自創法の適用を受けないと主張するが自創法第五条にはその適用を除外する場合を規定しているがその中には保護法による給与地を除外する旨の規定はない。

(ロ)  保護法は結局生活能力の劣つている旧土人の財産の保護という私益を目的とするものであるが自創法は農耕者の地位を安定させるとともに農地の利用の増進・農業生産力の発展と併せて農村における民主的傾向の促進をはかる等即ち国家公共の福祉を増進するを目的とするものであるから自創法の方が保護法に優先するものである。

(ハ)  保護法は旧土人の財産を保護することを目的として旧土人の所有する給与地について私権行使を制限するものであり、自創法は前記の如く農業生産力の発展、農村における民主的傾向の促進等をはかることを目的として、小作地等の買収、売渡という公権発動を規定するものであつて両法は各々その立法目的及び規律対象を異にするものであるから原告の主張する如く一般法・特別法の関係に立つものではない。

又保護法は右の如く旧土人の財産を保護するものではあるが同法による給与地といえども同法第二条第二項により同法第三条による一定の開墾予定期間(一五ケ年)を経過して成墾された場合は知事の許可を得れば譲渡などしうるものであるからこの点からも保護法は自創法に優先するものではない。

又自創法は農民にその耕作地を所有させて前記の如く農村の民主化をはかりひいては農民を社会的、経済的束縛から解放してその権威の尊重を樹立し、その労働の成果を公正に享受せしむるものであるから旧土人の尊厳性を侵するものではない。

又徴税の公権作用と本件の如き買収処分の公権作用とは別個のものでありその性格を異にするものであるからこれを同一視することはできない。

(三)  従つて被告のなした本件買収処分は無効ではなく原告の請求は理由はない。

四、証拠関係<省略>

理由

一、原告は旧土人であり本件土地は明治三九年一月一〇日原告の先代訴外亡是安勝美が保護法第一条により無償付与を受けてその所有権を取得し、大正五年一二月二日右訴外人の死去により原告が相続によりその所有権を承継し、被告が昭和二三年三月二日自創法第三条に基づいて右土地の買収処分をなした各点についてはいずれも当事者間に争がない。

二、原告は本件買収処分は国においてその所有権を侵さない義務を負う保護法の趣旨に反し無効であると主張するので判断する。

保護法の立法趣旨とするところが、元来原始的な漁猟を中心として比較的低い生活を営んできた旧土人に対して生活の基盤となるべき土地を給与し、これを開墾せしめることにより農耕を中心としたより高い且つ安定した定着生活に切換えさせようとすることにあることは同法各条の趣旨に照して明らかであり、その趣旨のもとに同法第二条第一項において右の所定の給与地については原則として相続による外は一切譲渡を許さないのみならずその他の処分をも禁じ、もつて被給与者の所有権の保持を計つていると解しうることもまた原告所論のとおりである。しかし、同法第三条及び右第二条第一項第二項を対比すれば、給与地について被給与者はその開墾完了期限を一五ケ年と定められその間右のようにその処分が禁止される外右期間内に開墾しない場合は政府によつてこれを没収されることがあるに反し、もし没収されず右期間を経過した場合にはその土地について前示の処分制限はこれを緩和されて所有者は北海道知事の許可を得ることこそ必要とされるが、所有者の自由意思により任意に譲渡その他の処分をなし得るものとされていることもまた明らかである。そうすると保護法は旧土人に対し原告所論のように恒久的にその所有権の保持を計つているものとは解し難く、少くとも前示開墾を了した土地については開墾期間中とは異り原則として所有者自身の処分が認められ、たゞ給与地所有者が第三者によつて無知、軽卒、無経験等に乗ぜられて、その所有権を不当に喪失することのないように行政官庁において後見的監督をなす方法によつて保護を与えるに止るものであると解するのが相当である。そして給与地については所得税、その他の公租公課の徴収のためにも差押登記を許さない旨の原告挙示の通達も前示の開墾期間中の給与地についてのみ適用されるものであることは前掲各通達の趣旨自体に照して明らかであり右各通達の存在も前記判示の支障とはならない。そうすると被給与者保護のため給与地の所有権はその移転が許されないとする原告の主張は少くとも既に開墾期間を経過した給与地については認め難いところであり、本件土地が既に右開墾期間を経過していることは本件土地の所有権取得の経緯についての原告の主張自体からこれを認めることができる。そうすると本件土地について国が保護法に基いて所有権の恒久的保持を認めているとする原告の主張は到底採用できない。

以上説示のとおりであり本件土地につき国がその所有権の移転をしてはならない義務を負うとなす原告の所論は畢竟原告独自の見解に立つものであるから右所論を前提とする原告の右主張は結局その余の点につき判断をなすまでもなく肯認できないものである。

三、しかして他に本件処分につき無効事由の主張はないのであるから原告の本訴請求は結局理由がなく失当であるのでこれを棄却することゝし訴訟費用については民事訴訟法第八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 小河八十次 武藤春光 福島重雄)

(目録省略)

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